韋駄天くんは歩かなかった

東京盃制覇記念 サカモトデュラブ写真館

撮影:ぷ








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 ゴールを過ぎた瞬間、唖然としてしまったとはこの事で、いやはや声もでませんでした。馬券も当たったし、もちろん誰よりも勝ってほしいと思っていたし。勝ったと思いながら周囲に一緒にいた知人達に「いや、差されてるよ」ということを言葉にしていたのは、今考えると実に自分が滑稽なものに映ってしまいます。レースの後、あまりにも痛快で大笑いしていていたような気がする。そんなキャラクターのサカモトデュラブですけど、ちょっと時間がたって考えると、実はすごい感激的な勝利だったんだなとしみじみ思います。4年間、遠征に遠征を重ねて、負け続けることを繰り返して14回目の遠征での勝利。メイセイオペラが強い相手を求めて遠征し続けるのとは違い、自分が生きていける居場所を求めての遠征。よく考えるとそれは悲壮なもの背負っての遠征だったのかも知れません。喜びよりもなんだかアタマが下がる思いです。


 そんなサカモトデュラブ。逃げ一辺倒で、「電池切れ」とか言ったり、あまりのも走る時と走らない時が極端すぎるこの馬。みんなで笑いのネタにしていたけど、本当は岩手にとってものすごい功労馬だっただなぁと、いまさらながら痛切に感じています。デビューしてからはそれはそれは遠征の日々。サカモトデュラブが得意な短距離戦は岩手には年に数えられるほどしか無いので、外にでて自分の力を発揮出来る舞台を求めていくのはしょうがないのですが、これまで岩手一筋でがんばってきたこと。そして名前を売ってたくさんの人にその存在を知ってもらったこと。トウケイニセイがいても、メイセイオペラがいても、それとは全く違った次元の世界で4年間も岩手のスターホースとしてい続けたこと。地方競馬所属馬としてかつてこれだけ各地を遠征し続けた馬がいたんでしょうか。この馬がその最初であり、それに続いていった者への影響。地方競馬にとっても最大の功労馬の一頭だったかも知れません。なんだか今は素直に「お疲れさん」と言えるような気がします。


 この馬を私が初めて見たのがビギナーズC。今はなき旧盛岡競馬場でのことでした。あまりにも抜けているスピードに私はものすごい感動を覚えたを覚えてます。そしてそれから間もない夏、新潟でのダリア賞が最初の遠征。当時は地方競馬の馬が中央や他地区に遠征出来るのは本当に限られていた時代。私もこのレースをラジオでワクワクしながら聞いていました。のちにビデオか何かで見たのですが、その時のサカモトデュラブのテンの速さの感動が、また蘇っちゃうなぁ。その時勝ったマイネオリーブ、その仔が先日の中央の新潟で新馬戦を勝っていたっていうのも、何かしみじみさせられるものがあります。


 このレースで、メンバーに恵まれたとか、枠が良かったとか、展開に恵まれたとか、タイムが悪すぎとか、いろんな声も聞こえてきますが、確かに全て正論かも知れません。事実、私もそれに近いことを思っています。しかし、この馬にとってそれらは何の意味はなく、ようやく勲章を手にした勝利であることのみに意味があるのだと思ってます。やっぱりこれだけがんばったこの馬に、何でもいいからタイトルを持って帰ってほしかったっていうのは岩手のファンみんなの願いだったんじゃないかな。しかしほんとに表彰式での伊藤先生の笑顔、嬉しそうだったなぁ。私も思わず祝福の声かけてあげたけど、満面の笑みで返してもらったのすごく印象に残っています。このあとサカモトデュラブはどこを走るのか分かりませんけど、また負け続ける毎日が待っているのかも知れません。でも例えそうでも、私はこの馬に対しての見方は大きく変わった目で見ることでしょう。

 

 いつも勝っても負けてもみんなに喜んでもらっていたこの馬。いつも笑われていたけど、本当はみんなこの馬を愛していたんでしょうね。そんな人達が一番喜んでいたことで、私はそれを感じました。今までずっと脇役だったこの素晴らしきエンターテイメントが、初めて主役の舞台にのぼることが出来た東京盃。なんだか久々に気持ちのいい、とってもすがすがしい時間の夜でした。





サカモトデュラブ


父:デュラブ

母:サリアシンゲキ

母の父:サクラシンゲキ


岩手・伊藤和厩舎所属


浦河・久保農場生産


馬主:高橋正





主な勝鞍

東北盃(99年)大井


通算48戦7勝




Special Thanks 



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