世界のきくた健、マカオ参上!


序章








2001年1月某日
ある日のこと。正月開催の水沢競馬場、松尾康司が私に話しかけてきた。「今度の3月11日、菅原勲がマカオに遠征するらしいけど、お前、見にいきたいか?」行きたいか?と聞かれれば、そりゃとっさに「行きたい行きたい」と答えてしまうものだ。すると松尾康司は「じゃ、細かいこと分かったまた連絡するから、その日は何も予定入れるな、分かったな」
この時点で私は海外に行ったことが無いどころか、パスポートすら持っていない。まあ、今年あたりはドバイにでも行きたいなと思っていたし、パスポート作る気持ちの準備ぐらいはあったので、マカオ行ってもいいかなと、実に安易に考えていた。まあ、ほんとに行くかどうかはあとで細かいこと連絡するっていうから、実際に行けるかどうかはその連絡を待ってからにしよう。などと思い、その場の話しはそれで終わった。

2001年3月某日
しかし、待てど暮らせど、何にも連絡は無い。当然、松尾康司は私が今まで外国に行ったことが無いというのは当然知ってる。ほんとに行くかどうかも分からないので、もしほんとうに行く話しなら何か一言ぐらい連絡があるはずだ。とりあえず待ちの状態でいるしかないようだ。それ以前に一度も海外経験の無いのだから、切符の取り方とかホテルの取り方とか、どこにどうしてどうすればいいのかすら分からん。まあ、しばらくほっといてよう。

2001年3月4日
マカオ騎手招待競争をわずか一週間後に控えたこの日。相変わらず何の連絡もない。もうこの時点でマカオ行きは無いのかと思っていた、というよりも自分の頭の中ではそのことをすっかり忘れていた。するとだ、松尾康司から電話がかかってきた。「お前、マカオ行きの切符とかとったのか? 何? 何もやってない!? 俺はもうとったぞ」 ・・・・。くくっ、なんて冷たいんだ。外国なんて行ったこともない私に、自分の分の切符もとってくれとは言わないが、せめて切符とる前にひとこと連絡してくれればいいではないか。「お前、甘いぞ。そういうのは一人で全部やるもんだ。特に海外旅行なんてのは一人で行くからこそ面白いんだ。」まあ、それも分からないわけではないが。と、妙なところで納得してしまい、結局行く羽目になってしまった。とりあえず旅行会社だけ紹介してもらって、あとは自分一人で怒涛のごとく準備を進めるしかない。

2001年3月7日
出発まで残りあと3日。ここ数日でなんとか切符の予約も済んで、なんとか出発までこぎつけそうだ。その夜、松尾康司と連絡をとり、当日、マカオでの待ち合わせ場所を決めた。ハイアットホテルというところだ。しかし、決めたと言っても外国じゃ携帯電話は使えないし、とにかく無事にそこに時間通りに着く以外に方法はない。初の海外、英語は出来ない、方向おんちである私。しかも、待ち合わせのハイアットのあるタイパ島というところは、空港降りてタクシー乗ればすぐ着くというところではない。日本からの直通便は無いので、隣の国の香港空港に降りて、電車乗って、船で出国して、船からタクシーに乗って、ようやく着くような面倒な場所だ。こりゃ相当不安だ。幸い、自分の会社の同僚に香港に転勤した友達がいたので、香港では彼に頼りまくることが出来る。それにしたって、ほんとに一人で行けるのかよ。





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